9月3日、菅総理大臣が退陣を表明しました。
私は常々、コロナ対策に関する菅総理の手法に違和感を感じ、だからこそ、総裁選挙では、岸田文雄を応援することとしました。
さて、私は、警察庁在籍時、各種災害や事件を経験しましたが、危機管理には2つのタイプがあります。
第1のタイプは、台風や地震などの危機管理です。この場合、国民の声を聴く余裕などなく、対応を速やかに進める必要があります。
第2のタイプは、感染症まん延や暴力団抗争などの危機管理です。この場合、国民の声を聴き、その協力を得られなければ、感染症抑止や暴力団の壊滅には至りません。
菅総理は、官房長官当時、「危機管理の専門家」と評されていました。そして、昨年の総裁選もコロナ危機の中で行われ、「危機管理においても国民の声を聴く」こと主張した岸田は敗れました。
その後、菅政権は、全力でコロナ対策に取り組み、ワクチン接種も相当に進みました。私はその実績を高く評価します。でも、その手法は、第1のタイプの危機管理の域を出ていません。
この1年間で、菅総理及びその中心閣僚は、第1のタイプの危機管理には得意かも知れないが、第2のタイプの危機管理には不向きだということが、明らかになってきました。
時代は今、昨年のコロナ禍の中の総裁選で、いち早く「国民の声を聴く」ことを打ち出した岸田文雄を求めています。
皆様1人1人の声を大切にしながら、コロナの危機を乗り切っていこうではありませんか。
7月11日、地元龍ヶ崎市内で講演。ワクチンの見通しや、農林水産副大臣としての仕事、今後の政局の見込み等について、幅広く語る。感染予防のため、通常200人の会場に、60人を上限としての開催となった。
7月9日、福島第1原発処理水に関する関係閣僚WGが、午前午後の2回開催された。午前の部は、日本商工会議所、チェーンストア協会、ボランタリーチェーン協会、旅行業協会等、消費者団体から、午後の部は、北海道、青森、岩手の各道県からのヒアリングを行った。皆様には、発災後10年、農林水産省が被災地の皆様に寄り添ったきた取り組みに加え、今後の風評被害防止のための取り組みについてお話しした。
7月8日、私の所属する政策集団宏池会主催の、「宏池会と語る会」が開催される。コロナ禍の中、私たち政府与党は、この国難に立ち向かうため、内部での足の引っ張り合いは控えてきている。しかし、次のリーダーの資質ということを考えた場合、今後は、明るいこと、国民の声をしっかり聴くこと、人柄が良いこと等々に加え、明確なビジョンを持つことが必要だ。この日、岸田会長は、新たな資本主義のビジョンを語られたが、今後私たち政策集団として、更にブラッシュアップしていきたい。
7月8日、全日本トラック事業政治連盟の懇談会に出席。物流がなければ、農林水産業も成り立たないわけで、トラック事業の皆様への感謝を申し上げるとともに、今後の発展を誓う。茨城県の小倉新会長ともお会いすることができ、有意義な会だった。
7月8日、神奈川県相模原市の養豚農場で豚熱が発生。急遽防疫対策本部が開催された。同農場は、市街地にあり、野生猪が出没する地域ではない。それで安心したのかも知れない。ウィルスは、野生猪の糞尿に触れた小動物を介して、あるいは、野生猪の糞尿を踏んだトラックのタイヤを介し、広く拡散することを私たちは知らなければならない。この日、野生猪のいない平地や市街地への農場にも、しっかりとした対応を行うよう指示した。
7月8日、農業人材の確保に向けた検討会の第4回会合を開催。今回は、実際に農業生産法人を新たに立ち上げて、新規就農者の雇用にも貢献されている経営者の皆様からお話を伺う(オンライン)。それぞれ工夫されていて、目から鱗という事例も聞かされた。このようなお話を、いかに今後の施策に生かしていくかと言うことが、私たちの課題だ。また、これまで日本農業を支えてきた家族経営についても、厳しいご意見を頂いた。私たちとしても、やはり、新たな家族経営の在り方を検討していく必要があるのではないか。
7月2日、利根町長選挙で、自民・公明推薦の佐々木喜章候補の応援演説に入る。告示日は福島出張、その後は7月2日まで、農林水産省の公務・在郷当番(東京23区内に居ることが必要。)で、佐々木候補の応援のマイクを握れないでいた。最終日に、今後も利根町をしっかり応援していくことをお約束する。
7月1日、内閣府が事務局となる、孤独・孤立に関するフォーラムが開催され、農林水産省を代表して出席。農林水産省は、格差の拡大や貧困問題に対処するため、「こども食堂」、「こども宅食」やフードバンクへの支援を行っている。また。食育や農福連携などの取り組みを通じ、心豊かな子どもの成長や、障害者の生きがい作りにも寄与していることを報告した。
7月1日の農林水産省組織改編で、環境バイオマス政策課が発足、ここが、みどりの食料システム戦略を進めるに当たっての司令塔機能を担うこととなる。この日、野上大臣とともに、戦略本部発足の缶願掛けに臨む。