農政・政策ユニット~党農林部会長代理に就任

2005-12-19

先月末の党役員人事。
私は、政務調査会の「農林部会長代理」に就任した。

農政・政策ユニットの会合

自民党の政務調査会には、1府12省庁に応じた13の「部会」があり、それぞれの「部会」ごとに、部会長1名、部会長代理1名のほか、副部会長数名が任命される。
いうまでもなく、「農林部会」は、農林水産省を担当し、かつて、多くの「農林族議員」を排出した部会だ。
部会では、部会長(西川公也・前内閣府副大臣、衆院当選4回)と部会長代理(私)が運営の実質を担当することとなるため、私も、「農林族」のはしくれと言うことになる。
ただ、最近の農政は、「族」という言葉からイメージされる、「権益を守る」、「守旧派」のイメージとは様変わりで、今転換をリードしなければ、日本の農村や食料安保が崩壊してしまうという危機感にあふれている。
そんな思いで、農水省の副大臣・政務官と、自民党の部会長・部会長代理は、「農政・政策ユニット」を組織、ほぼ毎週、党と政府が、農政の政策課題について、突っ込んだ意見交換を行っている。

今日は、そんな農政の課題を書いてみる。平成19年度からの「新農業政策」は、日本の農政を、根本的に変えることになる。
私の先々代、葉梨新五郎が衆院の特別委員長として、その法案審議に当たった戦後の農地改革(解放)は、小規模自作農を創設し、食糧の安定供給を図るものだった。
しかしながら、その後のわが国の国際化と経済発展の中で、わが国農業は、国際的な競争力を失っていく。
構造改革の努力も行われたが、農業の国際競争力低下の中で、戦中戦後の食糧の安定供給を目指した「食糧管理政策」は、政府が生産者から米を高く買い、消費者に安く売ると言う「生産者保護政策」に変貌していく。
でもそれでは「食管赤字」がかさんでしまうため、佐藤内閣時代には、補助金を出しても「減反政策」をやろうということになる。
この間、毎年決定される政府の買い入れ価格上昇を訴えたのが、いわゆる「ベトコン議員」。
その牙城になったのが、昭和30年代に発足した「自民党農村振興議員協議会」だった。
しかし、平成7年に食糧管理法が廃止された後、平成11年、新農業基本法が制定され、かつての「食管政策」は終了する。
これに伴い、同年、「農振協」は、その使命を終え、解散したが、最後の会長が、私の先代の葉梨信行であったことも、私にとって何かの因縁かも知れない。
新農業政策では、農政の重点は、かつてのように、「生産者全てが何とかやっていける」レベルを目指すものから、国際的な自由化圧力・政策統制や国内的な農家の後継者難・構造改革の遅れを背景に、いかに、「意欲のある担い手」を育てつつ、「農村の生活基盤を守っていくか」ということに移る。
そして、平成19年度からは、具体の施策面でも、品目別の価格支持政策から、所得保障的な施策に移行していく。
このような大きな転換を前に、特に来年は、細かな施策のつめだけでなく、現場での運用上の課題も含め、党と政府が突っ込んだ意見交換をしていくことが必要だ。「政策ユニット」は、そのための大きな力になるはずだ。

また、かつての農政は、食管赤字に見られるように、確かに、「生産者保護」に軸足を置きすぎているという批判はあった。
しかし、BSEの問題、鳥インフルエンザ問題で、いみじくも明らかになったが、「食の安全」の重視による「消費者の安心・安全の確保」は、これからの農政に必須の課題だ。
加えて、消費者の健康志向にマッチしつつ、わが国の食料自給率の向上を図るため、消費者と共同で、食生活のあり方を考えていくという視点が必要と思う。
特に、私の選挙区である茨城の県南地域には、常磐線やつくばエキスプレスを利用して東京に通うサラリーマンの世帯も多い。これからは、このような消費者の方とも一緒に、日本の農政を考えていきたいと思う。

いずれにせよ、日本の農政、課題は山積だ。