「緊張感ある歳出抑制」なき増税はナンセンス~さらなる増税とバラマキの固定化を生んではならない

2012-2-1

新年会でも消費税問題の解説を頼まれることも多い

前回コラムで、私は、わが国の当初予算歳出の急膨張問題を取り上げた。
今回は、「基礎的財政収支」に着目して、現在野田政権が進めようとしている消費税増税政策の問題点を検証してみたい。
最近新聞等で、「基礎的財政収支(プライマリーバランス)」という言葉を良く目にするが、これは、毎年の予算のうち、その年に支出する国の借金(国債)の元利払い金から、同じ年に発行される新規の国債の金額を差し引いたものをいう。
+になれば黒字、-になれば赤字と言うことになる。
この指標が重視されるのは、ザックリ言って、毎年、借金の返済額(元利払い)が新たな借金額を上回っていれば、国や会社の収支は、トントン以上ということになり、一応健全な経営がなされていると見なされるからだ。
そしてわが国は、何十年も前から借金づけのように言われることもあるが、実は、つい14年前の橋本内閣当時、「基礎的財政収支」は黒字で、先進国の中でも比較的健全な財政運営が行われていたことは、余り知られていない。「目で見る活動欄」にアップしたグラフを参照して頂きたい。
これは、毎年度の当初予算における基礎的財政収支をグラフ化したものだ。

(「当初予算」指標の重要性)
前回コラムでも述べたが、私は、財政の健全性の指標としては、「補正予算」よりも、「当初予算」を重要視する。
その第1の理由は、阪神淡路大震災、リーマンショック、東日本大震災時等の不測の事態では、その都度大規模な補正予算が編成され、国債を財源とすることも多いが、このような緊急時の借金増は、ある意味でやむを得ない面もあるからだ。
第2の理由は、当初予算で容認された事業は、年度限りの補正予算と異なり、慣行上、次年度でも予算要求できるからだ。だから、各省庁は、補正予算での事業費獲得より、当初予算におけるそれを重要視する。また、政府全体としても、前年度予算化した当初予算の総額を縮小することは、かなり難しくなってくる。
以下、赤字拡大(縮小)の経緯を検証してみよう。

(橋本内閣~消費税アップと歳出抑制)
橋本内閣(96.11~98.7)は、97年度と98年度の2回の予算編成を行った。
いずれの予算も基礎的財政収支は黒字を確保し、特に98年度は、消費税増税の効果もあり、1.7兆円の黒字となっていた。
橋本内閣は、97年4月に消費税を増税するとともに、11月に財政構造改革法を成立させるなど、増税と歳出削減の「2つのブレーキ」政策を進めたが、拓銀・山一破綻などをきっかけに、景気対策を求める声が高まり、退陣を余儀なくされることとなった。

(小渕内閣~景気対策で自称「世界1の借金王」)
小渕内閣(98.7~00.4)は、99年度と00年度の2回の予算を編成、金融危機に加え、わが国が初めて経験するデフレの中、自自公連立政権の下、公共投資などの積極財政を展開した。
基礎的財政収支は、99年度が11兆円の赤字、00年度が10兆円の赤字と急速に悪化し、以後08年度まで、10兆円台の赤字を計上するきっかけとなった。
小渕首相は、自身を「世界1の借金王」と揶揄していたが、「借金拡大は死刑に値する」と発言したことにも見えるような自責の念とのせめぎ合いの中で、00年4月急逝した。

(小泉内閣~増税を封印した聖域なき歳出抑制)
小泉内閣(01.4~06.9)は、02年度から06年度までの5回の予算編成を行い、07年度予算の骨格(毎年8月の概算要求)を決めた。
橋本内閣による「2つのブレーキ」政策(増税と歳出抑制)の失敗を踏まえてのことか、小泉首相は、消費税増税論議を封印、聖域なき歳出抑制に重点を置いた。
基礎的財政収支は、政権発足当初こそ同時多発テロ後の不況で景気対策を施さざるを得ず、02年が13兆円の赤字と、赤字幅が2兆円強拡大したが、その後の「聖域なき構造改革(歳出抑制)」により、07年には、4.4兆円の赤字と劇的に改善した。
前政権(森内閣)時との比較でも約6兆円赤字幅を縮小させ、基礎的財政収支黒字化の一歩手前に辿り着いたところに、リーマンショックが到来する。

(麻生内閣~景気対策で再び財政出動)
麻生内閣(08.9~09.9)は、09年度の予算編成を行った。
08.9のリーマンショックと世界同時不況で、その後約1年、日本経済が2~3割の減速を余儀なくされる中、同内閣は、エコカー補助金、エコポイントなど、なりふり構わぬ景気対策に特化する。
このため、基礎的財政収支は、08年の5兆円の赤字から09年は13兆円の赤字へと急激に悪化したが、何とか小泉内閣の最初の予算における赤字額と同等には抑えていた。

(民主党政権~当初予算でのバラマキ)
民主党は、麻生内閣当時、景気対策として国民1人当たり1万2千円を支給した「定額給付金」を、「買収」と厳しく批判した。
ただ、この措置は、あくまで08年度の補正予算1回限りの措置で、次年度の歳出拡大につながるものではなかった。
民主党政権(09.9~)になり、「こども手当」、「公立高校授業料無償化」など、国民への露骨な直接給付(いわゆる「バラマキ」)が実施されることとなったが、これらは、「補正予算」でなく「当初予算」に計上され、恒久的な支出として後の財政を圧迫することとになる。
しかも、「ムダの削減」や「埋蔵金の発掘」により捻出できるとしていた「財源」は、結局どこにもなく、借金を増やすことによりバラマキ支出を賄うこととなった。
さらに、鳩山内閣以降、自民党政権時代の「シーリング(予算要求の抑制基準)」廃止されるとともに、民主党議員自体も「族議員化」したことにより、経済危機対策・震災対策以外の歳出圧力が高まることとなった。
結果、10年度当初予算(鳩山内閣編成)の基礎的財政収支は23兆円の赤字、11年度当初予算(菅内閣編成)のそれも23兆円の赤字、12年度当初予算案(野田内閣編成)のそれは25兆円の赤字(交付国債は赤字に計上)と、09年度当初予算に比べ、12兆円(消費税5~6%分)もの財政赤字を急拡大させることになってしまった(震災関係経費は赤字に計上せず。)。

(「緊張感ある歳出抑制」なき増税はナンセンス)
1月末になり、ようやく国会での論戦が始まった。
野田首相や岡田副首相は、「我々の責任がないわけではないが、長年の自民党政権で財政赤字を拡大してきたのだから、自民党も増税論議に応じるべきだ。」と、半ば開き直りともとれる発言を連発している。
私も、自民党政権に責任がなかったと言うつもりはないが、今回のコラムでも明らかなように、基礎的財政収支の悪化は、そんなに長年の話ではなく、つい最近の出来事で、大きくは、
○小渕内閣の景気対策(約11兆円の赤字拡大)
○麻生内閣の景気対策(約8兆円の赤字拡大)
○民主党政権のバラマキ(約12兆円の赤字拡大)
の3つの期間に赤字幅が拡大し(小渕内閣と麻生内閣の間に、小泉構造改革による約6兆円の赤字縮小がある。)、現在約25兆円の赤字となっていることが分かる。
赤字のうち、約半分の赤字が自民党政権時代に作られ、、残り半分が民主党政権になって急拡大したわけで、その意味での責任は与野党とも感じる必要が、確かにある。
ただ、25兆円もの財政赤字を、消費税増税により解消するためには、10%超の増税が必要で、これでは余りに国民負担が大きすぎる。
与野党とも、これまでに財政赤字が増大した経緯や要因をしっかり分析し、大胆な歳出抑制を行い、国民の納得の得られる増税の議論を行うことが肝要だ。
緊張感のある歳出抑制を伴わない増税は、さらなる増税をもたらすとともに、放漫なバラマキ政策を容認し、固定化させかねない。

そこで、歳出のうち何を切り詰めるか。
今の景気の現状では、深刻なデフレや世界不況に対処するため予算計上された施策を切り捨てるのは、やはり危険だ。
やはり、民主党政権になって赤字を拡大させたバラマキ施策を見直し、その多くを廃止するより方法がないのではないか。
増税の議論をしようというならば、12年度の予算案も、このような観点から、大幅に組み替えられなければならない。