民主党政権にTPP交渉を委ねてはならない~野田政権は震災復興に専念するか、さもなくば国民の信を問え
2011-11-13
11月11日、野田総理は、TPP(「環太平洋パートナーシップ協定」)への「参加のための協議に入る」ことを表明、彼特有の玉虫色の表現とはいえ、TPP交渉への参加を公に明らかにした。この、TPP(Trans-Pacific Partnership)を「環太平洋パートナーシップ協定」と訳すのは、政権による意図的な誤訳の臭いがする。
「環太平洋」は英語ではPacific Rim、TPPのtransは、「貫く」「横断する」の意で、TPPの直訳は、「太平洋横断的パートナーシップ協定」ということになる。
そして、こちらの訳の方が、TPPの重要なポイントが「太平洋の対岸の米国とどうつきあうか」であるというニュアンスが伝わってくる(実際、環太平洋諸国のうち、中国、ロシア、韓国などはTPPに参加しない。)。
ただ、日本はもともと貿易立国で、TPPの本質がどうであれ、WTO(世界貿易機構)、FTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)など、多国間、2国間の経済連携の枠組みに、一般論としては積極的であるべきだ。今回のTPPは、聞くところによれば、10年間で関税ゼロを目指すということらしいが、競争力の弱い国内産業をしっかり守ることができれば、交渉参加も意味のあることかも知れない。
しかし、今の民主党政権がTPP交渉を担うことは、確実にわが国の国益を損なう。
その理由は主に3つある。
第1の理由は、民主党政権が、政権交代後2年余、「反構造改革政策」をとってきたことだ。
小泉政権以降の自民党は、農業などの生産性の低い分野で、「担い手の育成」などの構造改革を進め、さらに、規制改革会議などで、グローバルスタンダードを踏まえた諸制度や社会保障費の削減などの検討を、「聖域なく」進めた。
勿論、かなり丁寧さに欠けていた面があったことは否定しないが、このような国内政策があって初めて、わが国が国際的に打って出ることができるのもまた事実だ。
しかし、民主党政権になり、例えば農業については、「戸別所得補償」と称する小規模農家固定化政策がとられ、また、社会保障面では「控除から手当へ」と称し、国による直接給付政策が行われ、社会保障費なども雪だるま式にふくれあがった。
そして、この2年間、「グローバルスタンダード」などという言葉は、死語になってしまった。
その民主党政権が、手のひらを返したように、来年までに最終協定が結ばれることが予定されているTPPに参加するという。
自民党政権時は、もともと国際的には小学生レベルだった産業を、何とか勉強させて高校生レベルに引き上げてようとしていた。
しかし、民主党政権になって、「もう勉強はしなくていいよ、小学生か、あるいは幼稚園児に戻っても食べさせてあげるよ」ということになった。
安心したのもつかの間、今度は急に、「ライオンの檻に入って戦ってこい」という。これでは「死ね」ということだ。
そんな背信を、民主党政権には感じる。
今の民主党には、反構造改革政策を展開した2年間を総括する意思はないようだが、それがなければ、今後いかなる国内政策も取り得まい。
こんな状況でTPP交渉に参加することは、まさに国民への背信だ。
第2の理由は、民主党政権が、この2年間、米国に対し、大きな借りを作ってしまったことだ。
このことは、わが国の交渉力を大きく減殺する。
冒頭述べたように、TPPは、「太平洋横断的パートナーシップ協定」、交渉の肝は、言うまでもなく対米交渉だ。
ところが、民主党政権は、インド洋での給油活動を止めて「テロとの戦い」の戦線から離脱し米国の不興を買い、普天間問題をこじらせ、徹底的に米国の不信を買ってしまった。
そして今、普天間問題の解決のメドは全く立っていないし、普天間問題をここまでこじらせた、鳩山総理(当時)、岡田外相(当時)、北川防衛相(当時)らは、誰1人、責任をとろうともしない。
通常の外交の常識からすれば、民主党政権が続く限り、米国に対し、強い交渉力を発揮できようがない。
野田総理が、もしも、TPP交渉の結果、わが国の国益にかなう結果を得ようと考えているならば、国民の信を問い直し、過去2年間、米国に「借り」を作ってきた政権とは別の政権に、TPP交渉を委ねなければならないはずだ。
第3の理由は、民主党政権による情報開示が余りに少ないということだ。
これでは、国民の声をバックにした強い交渉はできない。
原発問題でもそうだったが、民主党政権は、野党時代のかけ声とは逆に、情報の開示、オープンさに余りに欠けている。
野田総理も、国際会議では、国益にかなうかどうかは別として、消費税上げなど、突然の国際公約をしてくるのに、記者に対しては、何を恐れているのか、1日1回のぶら下がり取材も拒否する始末。
先の国会の集中審議でも、結局自らの考えは語らず、具体的な内容を問われても、枝野経産相が野田総理の代わりに手を上げ、「外交交渉は基本的に秘密」(帝国主義時代の英国の外交官ハロルド・ニコルソンの説)とのたまうといった具合だ。
ただ、相手と交渉もしていない、いや、交渉参加表明もなされていない政策議論の段階から、「秘密」にされてしまったらたまったものではない。
私はこの国会審議に、改めて民主党の隠蔽体質を見た。
昨今の外交交渉は、拉致問題にせよ、領土問題にせよ、国民の強いバックアップが、交渉力を高める大きな要素になる。
ところが、このような民主党の隠蔽体質では、国民の声をバックにした強い交渉はできない。
それどころか、多分秘密裏に、国益を損なう勝手な約束をしてしまう危険性が高いのではないか。
しかも、与党民主党内の監視機能もどうも期待できない。
かつて、民主党の中には、相当数のTPP反対派がいたようだが、それもおとなしくなりそうな気配だ。
「TPPへの参加交渉に入る」だったら「離党も辞さず」だった山田前農相も、「TPP参加に向けた協議に入る」ならば「評価」へと豹変した(諸外国の受け止め方は、交渉でも協議でも一緒。)。
まさに茶番そのもので、民主党の「TPP反対派」なるものが、業界向けのポーズだけだったことが明らかになった瞬間だ。
民主党政権では、こんな茶番が、多分延々と続くのだろう。
野田佳彦総理、お願いだから、東日本大震災からの復興のみに専念して欲しい。
総理が全身全霊を復興に傾けるのならば、私たちは、ことさら解散総選挙を要求することなく、復興政策に協力しよう。
しかし、震災復興以外の重要課題(今回はTPP)に相当の精力を削ごうというなら話が違う。
これは、被災者に対する背信であり、確実に国益を損なう。
震災復興に全力を傾ける意思がなく、多分他の課題で歴史に名を残したい野田佳彦氏は、即刻国民の信を問わなければならない。
TPPの問題は、新たに国民の信を得た強い政権が、真の国益の観点から議論し直すべきだ。