IPU史上でも稀なドラマ(1)~列国議会同盟総会に北朝鮮問題を緊急上程
2006-10-22
今年、世界146カ国の国会が参加する列国議会同盟(IPU)第115回総会は、10月15日から18日までの間、スイスのジュネーブで開催された。そして、最終日の18日には、わが国を含めた起草委員会の提案による北朝鮮の核実験非難決議が、北朝鮮代表団の要請により、異例の記名投票に付され、賛成897、反対33という圧倒的多数により採択されたわけだが、この4日間は、わが国の議員外交史上でも、極めて稀れなドラマだったと思う。
私自身、決議文の起草委員として、丁々発止の議員外交の渦中に身を置くことができ、ある種の達成感とともに、今後の責任の重さを痛感している。
そこで、今回は、IPUにおける4日間を振り返ってみたい。IPUは、1つの会期中、1つの緊急な議題について、決議を採択することができる。
そして、今次総会では、北朝鮮の核実験声明の以前は、本年7月、イスラエル軍による侵攻を受けたレバノン情勢について、その平和の回復を求める決議が討議されるという案が有力だった。
ここで付言すると、IPUは、あくまで世界の議会人の集まりであり、代表団には、原則として、野党議員と女性議員も加えられる。そして、そこには、権力や超大国何するものぞという雰囲気がある。
言葉を換えて、より明確に言えば、米国にこびへつらう空気は一切ない。
そこらへんが米国にとっては面白くなかったのか、米国は、1995年以来不参加、2003年以降は分担金未納により参加資格すら停止されている。
そして、これまでも、中東問題は、IPUが好んで取り上げてきた課題だ。
しかも、7月には、米国が支援していると見られているイスラエルによる、レバノン侵攻というビッグニュースがあった。
だから、今年は、10月上旬までに、アラブ諸国から、レバノン問題を緊急の議題とすべきという提案が、IPU事務総長あてに寄せられ、すでに根回しも開始されており、水面下で相当の支持を受けていたらしい。
北朝鮮の核実験声明を受け、総会直前の10月12日、わが国が、北朝鮮の核実験を非難する決議案を緊急の議題とすべきという提案を行ったわけだが、このような事情から、かなりの出遅れは否めなかったのは当然だ。
IPUとしての決議採択に至るためには、まず、緊急議題とすべきことについて支持を得、決議案起草の俎上に乗せる必要があったわけだ。
14日深夜にジュネーブ入りした私は、翌朝(日曜日)から、議員団の一員として、アジア・太平洋グループの地域会合に出席。日本議員団は、北朝鮮問題を緊急議題とするよう支持を訴えた。
もとより、他の地域グループの支持も得なければならない。
午後に開催予定の他の地域グループの会合の会場前(ロビー)に陣取って、日本側の決議案を配り、支持を要請することになった。
同期生の萩生田議員、公明党の古屋議員と私は、欧州グループとアフリカ・グループを担当。
IPUの正式参加者(国会議員)は、会議場では青のネームカードをしなければならないため、他の職員が配れば、「官僚の作文」と見られてしまう。
したがって、このような支持要請は、議員本人が行わなければ、誠意は通じない。
英語で、声をからして支持を訴えることになった。まあ、体育会的な、文字通りのロビー活動だ。
原始的ではあるが、後の票の出具合を見ると、このような体当たりの活動が、特に、アフリカ・グループの支持獲得につながったようだ。
翌16日、私は、午前中、萩生田議員とともに、拉致問題も含む強制失踪の問題について取り上げる「民主主義と人権分科会」に出席。この間、会議を中座して、私は、ヨーロッパ・グループ議長のベルギー代表と会談。ベルギーは、夕刻の総会で、アラブ提案に対する反対討論をしてくれた。
昼食は、中国代表団を招き、日本提案に対する支持を要請する。
午後は、再会された分科会と総会との合間の2時間ほどを利用して、私は、WTO(世界貿易機関)のシン・事務次長(農業交渉担当)と会談(その内容は、別の機会で述べる。)。
夕刻会議場に帰り、再度日本議員団として、英国議員団に支持を要請。
その会議中、アラブ・グループが、レバノン問題を緊急議題とするため、提案を一本化した上、アラブ諸国として、日本提案(北朝鮮問題)に、挙って反対票を投ずることを決めたというニュースが入る。
IPUの意思決定メカニズムは、各国代表に10~23票が割り当てられ(割り当ての仕方は基本的には人口比)、各国が、それぞれの票を、「賛成・反対・棄権」に分けて意思表示する。
棄権は有効投票に数えず、3分の2の有効投票を得た動議が採択されることとなるが、矛盾する複数の動議がいずれも3分の2以上を得たときは、票数の多い動議が採択されるという、極めて複雑なルールがある。
しかし、いずれにしても、アラブ及びこれを支持する諸国の反対票が、日本提案に対する賛成票の半分を超えてしまえば、日本提案は採択されないことになる。大変微妙な情勢だ。
午後5時からの総会では、それぞれの提案理由説明と各提案に対する1カ国のみからの反対討論の後、議長(イタリア)の裁量で、翌日と見られていた採択を前倒しにして、いきなり記名採決となった。
結果は、
レバノン問題についての提案賛成668反対390棄権270
北朝鮮問題についての提案賛成773反対339棄権227
まさに薄氷の勝利で、日本提案に軍配が上がった。
ちなみに、中国・インドネシア・ラオスは、レバノン問題に賛成、北朝鮮問題に棄権。アジア太平洋地域も、必ずしも認識は1つでないことを痛感させられた。
そして、翌日以降は、いよいよ宣言案の起草。
日本側からは私が委員となったが、中国、韓国、ロシア、パキスタン、イラン、エジプト等々、13か国からなる起草委員会には、うるさ型がそろい、さらに大きなドラマが待ち受けていた。