北朝鮮人権法成立(1)~非現実的な民主党案のおかげで足踏みしてしまったけれど

2006-6-12

北朝鮮人権法提出時の記者会見

懸案となっていた北朝鮮人権侵害問題対処法案。
6月8日深夜、自民党の逢沢一郎幹事長代理(拉致対策本部長)と民主党の中井洽拉致対策本部長との間で、我々の案をベースに微修正を行うことで合意が成立、今国会で成立の見通しとなった。
私たちが提出した「北朝鮮人権侵害対処法案」は、その内容を見れば、(北朝鮮信奉者の方は別として)決して成立を先延ばしされる性質の法案ではなかったと思う。
ただ、4月28日に法案を提出して以降、民主党が法案の審議入りを拒否、成立も危ぶまれる状況になり、ここに至ったのが実態。
実は民主党さん、この2月に、「北朝鮮人権侵害被害救済法案」(略称)という、我々の法案と名前の似た法案を提出していた。
ただその中身は、我々の法案とは内容が全く別、北朝鮮から脱出したいわゆる脱北者を日本に受け入れ、金正日政権の弱体化を図ろうという、「本気なの?」という中身だった。
そこで、我々は、両案並べての審議入りを提案していた。そうすれば、彼らも、我々の案に乗ってこざるを得ないはず。

ところが、民主党、自分たちの案のできの悪さを突かれるのがイヤだったためか、ずっと法案の審議入りを拒否してきた。
それをなだめすかし、民主党の顔を立てて微修正を行い、やっと法案成立にこぎつけた次第だ。このような法案が、自民・民主の両党で検討され始めたきっかけは、2004年11月、米国で、「北朝鮮人権法」が成立したこと。
これは、北朝鮮の人権状況の改善を求めるため、脱北者に対して特別の措置をとることなどを内容としていた。
そこで、拉致問題を抱えるわが国こそが、同様の法律を検討すべきという声が起こり、2005年春頃から、自民・民主両党のそれぞれで、ある意味で米国の法案をまねた法律案の策定作業に入り、双方とも条文化の段階まで至った経緯がある。。
実はこのときも、私は、「対北朝鮮経済制裁シミュレーションチーム」の一員として、立法作業に加わっていた。
ただ、私自身、このような法制は、ちょっと非現実的で、政策的にも問題ありと思ったことも事実だ。

その理由は3つある。
まず、国内的なコンセンサスの問題。
朝鮮籍である脱北者に対し、わが国が永住権を与え、政府がその生活を保障することについて、国民の理解は得られるだろうか?
たくさんの方が日本を目指すかも知れない、悪く考えれば諜報の問題、治安の問題、でもそれだけはなく、わが国の国民感情の問題もあろう。

次に、国際的な影響の問題。
我々は、北朝鮮に対話と圧力という姿勢をもって臨んでいるが、その一方、中国と韓国とに対しては、拉致問題解決に向けての協力を要請しなければならない立場だ。
特に、横田めぐみさんの夫とされる金英男さんが、韓国からの拉致被害者だったことが明らかになった現在、韓国との連携は重要だ。
ところが、ここでわが国が、「脱北者」を無制限に受け入れると宣言した場合、「北に対する太陽政策」をとる現在の韓国政府の反発は想像に難くない。
なぜなら、朝鮮籍の「脱北者」の問題は、日本籍の方が被害者となった「拉致問題」とは、全く別個の問題だからだ。
今、本気で拉致問題を解決したいのであれば、言わずもがなのことを法案に書くべきとは思えない。

最後に、法的な問題。
政治亡命や移民の受け入れの伝統を持つ米国と、そうでないわが国とでは、入国管理に関する法律の作り方が違う。
私自身も、脱北者に対しては、人道上の見地から、必要な支援を行っていくべきと考えているが、その具体的な仕組みの構築には、やはり、現在の「出入国管理・難民認定法」の世界と、丹念な調整を行っていくことが必要と思う。

だから、脱北者支援を主眼とした「自民党・北朝鮮人権法」の旧バージョンには、党内の理解が得られず、国会に提出すらできなかった。そして、私はそれで良かったと思っている。
ところが、民主党の方は、「どうせ成立しないから」という安心感もあったと思われるが、脱北者支援を柱とした「北朝鮮人権法案」を、昨年の通常国会に提出し、外見的に、「一歩リード」のポーズをとることができた。
このような、「自民党は法案の提出できず、民主党は提出できた」という「実績」が、その後の民主党の思考を縛ることになったことは否めないのではないかと思う。

昨年の総選挙後、「対北朝鮮経済制裁シミュレーションチーム」の中で、私は、「北朝鮮人権法案」を、脱北者支援や、米国案への追随といった従来の桎梏から離れ、全く新たな観点から、拉致問題を核とした現実的なものにバージョンアップすべきと主張した。
そして、「北朝鮮人権法案作成チーム主査」に指名され、私自身のアイディアで、「人権侵害問題啓発週間」、「年次報告」、「抑止のための措置の義務づけ」などの、現実的、かつ、新しい施策を盛り込んだ法案を作り上げてきた自負がある。
ところが、民主党の方は、昨年の段階から進歩することなく、米国の法案焼き直しの非現実的法案を、今年2月、再度国会に提出した。
このことが、多分、我々の法案の成立を遅らせる要因となってしまった。