民主党の「対案路線」と「机上の空論」~「運輸安全確保法」の審議に思う
2006-3-12
今国会は、野党第一党の民主党が、「改革のカゲの追求路線」と、「対案提示路線」を掲げ、与党との論戦が始まった。このうち、「追求路線」の方は、例のニセメール問題で、民主党が自らコケてしまった。(ただ、「構造改革と格差社会」の問題自体、真剣に考えていかなければならないことは、前々回のコラムで書いた。)
もう一つの「対案提示路線」の方も余りパッとしない。
そして、パッとしないばかりでなく、「ちょっと怪しいのではないか」と感じたのが、今回の「運輸安全確保法」の審議だった。
この法案は、航空、鉄道などの事業者に安全確保のための措置を求めるとともに、国土交通省に置かれている航空・鉄道事故調査委員会の機能を強化しようというものだ。
私も、3月8日には、委員会で参考人質疑に立ったが、まあ良い法案だと思う。
この法案に対し、民主党から「対案」が提示された。民主党の対案は、「航空・鉄道事故調査委員会」を、現場での手足を持たない「内閣府」に置けというもの。
そして、彼らの言い分は、航空・鉄道事故調査委員会の調査と、警察の行う捜査を、明確に切り離せということ。
その背景には、事故調と警察の、双方の機関の情報の融通は好ましくないという考えがあるようだ。
米国でも、この手の事故調査委員会は、大統領府に置かれており、事故調査と刑事事件を切り離すのは、世界的趨勢ではある。
だから、一見もっともらしい案のように思われるが、私には、わが国の法制や被害者の感情、現場の実情を踏まえていない「対案」に思えてならない。
私自身は、警察庁時代、刑事警察を都合7年間経験したが、航空機や鉄道の事故・事件(業務上過失事件)の捜査を直接担当したことはない。
ただ、日航機の御巣鷹山事故の発生時は岩手県警の、信楽鉄道事故の発生時は兵庫県警の、それぞれ刑事部門で仕事をしていたため、間接的ではあるが、この手の大規模事故事件の捜査が大変であるということを良く聞いた。
JR福知山線の事故を見ても分かるように、航空機や鉄道の事故は、被害者の数がケタはずれに大きい。
当然、事実の解明には膨大な時間と手間を要する。
その上で、過失責任の立証という段になると、パイロットや運転士の責任で止めてしまって良いのかということが、常に議論になる。御巣鷹山事故の場合も、遺族からの告訴に基づき、群馬県警は、事故発生から3年後の昭和63年、ボーイング社、日航、運輸省の関係者20名を書類送検している(起訴には至らなかった。)。
さらに、平成3年の信楽鉄道の事故では、平成12年、指示を出した元運転主任の有罪が確定したが、判決では、JR西日本の責任(違法性)にも言及がなされた。
このように、わが国では、被害者感情を考えた場合、「業務上過失事件の捜査」は、大きなウェイトを占めている。
ところが、米国などでは、そこら辺の事情は大きく異なる。
そもそも、この手の事故について「過失犯捜査」という概念自体がない。これが大きな違いだ。
だから、現場で捜査機関と調整する必要もなく、事故調査機関は、大統領府に置かれている。
この、米国式のやり方が世界的には大勢であるのは確かだが、民主党のように、だから日本も米国式でやれ、航空鉄道事故調査委員会は内閣府に置け、捜査と切り離せというのは、いかにも暴論だ。
そもそも、刑法、刑事訴訟法といった「作用法」、被害者感情などの「国民意識」をそのままにして、「行政組織法」だけを米国式にしてしまったらどうなるか。
混乱が起こるだけだ。
将来的な姿は別としても、現状においては、地方に手足のある国土交通省の中に、独立性のある機関として航空鉄道事故調査委員会を位置づけ、都道府県単位の組織である警察と、必要な協力を行っていくことの方が現実的だ。
私も、このような観点から、審議の中で意見表明を行ったが、民主党さんの「対案路線」、方向としては大いに評価できるが、是非、「机上の空論」とならないよう、現場にも目を向けていただきたいと思う。